昭和44年7月5日 夜の御理解 中村良一
先ほど、御祈念に、えー、出てまいります時に、奉仕着を家内が、えー、付けて手伝わして頂いております時に、家内に話すことです。お前達は、何にも分からんから、何時も安心しておって良かなって私が言うんです。どういう意味であったか、本人が分かるか分かったか知らんけれど、本当にあの、何にも知らないという事は、ある意味合いで安心です。ね、何にも、さあ、目の先にどういうよな事が、起きてきよっても安心しておられるという事は有難いな、お前達は本当にいいなって言うて言うた事ですけれども。すこーしばかり、人よりも、すこーしばかり先のことが分かる。私共は、まあ、それなんですよね。ま、例えば、あー、先日から、えー、北野の、上野さんところの一番下の弟さんが、大阪(おおざか)行っとりますのが、この頃お母さんが亡くなられた時に、もう大変元気で、今まで親不孝したから、これから孝行しますと言うて、もう、ほんとに、そう、兄弟達も言うて帰った、その人が、急に具合が悪くなって、病院に入院した。えー、手術をするから直ぐ来いという電報が来た。それでもう、ここにお願いに来る暇もないもんですから、電話でお届けをして、そして、あちらへ兄妹で参りました。その時に、私、頂きましたことは、あー、もう、難しいという事を頂くんです。ね。それは、原さんもやっぱり、同時にお届けをされて頂かれたのが、やはりあの、あー、その、葬式があっておるところを頂いたとこういうわけです。ね。ですから、私、その、遺族のこともさることですけれども、ま、学院に行っております上野さんがそれを、どう受けるであろうか。どう受けてくれるであろうかと。とにかく、一月足らずの間に、い、親やら、兄弟のお葬式をしなければならないといったような、まあ、人間でいやあ、一番悲しい不孝なことに出会うのでございますが、それを、上野さんがどう受けるだろうかと。信心というのは、あー、例えば、信心をしておっても、雨もありゃ、嵐もあるけれど、問題は、その受け方が信心なのです。それを、どう受けるかということが信心なのです。ですから、どうぞこう、信心で、えー、上野さんが受けるであろうかという事が、まあ、私の心の中に、いー、ある。そこで、せっかくのおかげを頂いておるのですから、どのようなことであっても、それを見事に、信心で受けぬかせて頂く事を、まあ、願わせて頂くのでございますからね。誰よりも、何日か前の事をよう分かってるわけです。ですからまた、上野さんのことも願われる。今度、電報が参りましたそうですから、いわば、学院長も大変気の毒がられましたけれども、上野さん、その、んー、これは、よくよくのことである。本当に、教祖様でも、やはり、えー、あのような不幸なことを、次々とお受けになられたが、これはやっぱりあの、おー、学院に志を、御道の教師を志していただいとる、あなたに対する大きな試練であろうから、と言われて、もうこれは、あー、親先生も辿られた道。教祖様も辿られた道。まあ、真似方でも、こう辿らせて頂くことが有難いといったような意味の事を言うて、こちらへたってきたと。また、本当に、そういう雰囲気を持っております。今朝からも、朝の御祈念に、お参りをしてまいりましてね。えー、もう本当にあの、堤さんの自動車に便乗さして頂いたそうですが、金島のところで、もう、本当に、これはもう、しかなかったほうが不思議なというぐらいな時に、もう、あらあらあらあらと、皆が、乗っておる者がみんな言うばっかりじゃったそうですけども、ただ上野さんが、金光様ーっと言うて、おすがりしたと、こういってますが、もう本当に、間一髪、皆さんお届けされましたでしょうかちて言うんですよ。そら、ほかんもんは、どうもお届けもせん。ただ上野さんだけはそれを感じ、本当に、まあ、言うならば、自負持っておる。私が乗っておったから、おかげ頂いたといったようなですね。やはり、御道の教師は、特にその、感じる信心を、そういう風にして現していきよるんです。有難い事でございますがね。というようにその、すこーし先の事が分かる、教えて下さるという事は、ある意味合いにおいては、何時も不安であり、何時も何か薄氷の上を渡るような思いがするんです。ね。だから、私は家内に、お前達はえーな、何にも分からんから、安心しておっていいなと言ってから、まあ言うた事ですけれどもね。今日も私は、もう、昨日から、今朝へ掛けて、ずーっと頂く事がもう、今朝からも、朝の御理解いただいて下さると分かるように、その事を、繰り返し繰り返し願わせて頂いても、その事は願うなと神様が仰るんですよ。やっぱ、それを私が重ねて願うともう、厚かましいと神様が仰るくらいなんです。それでも願わにゃおられん。と言うわけですね。その事を、私、今晩、お風呂はいらして頂いとりましたら、またその事を心の中で頂くんです。そしてあの、昔、はやりました、隊長さん節かなんかちあったですね。西郷隆盛は話せる男と、花の富貴にぬれてたつという。私が、一生懸命に心配して、その事を、風呂の中ででも祈っとるもんですから、神様が教えて下さるんですよ。いいじゃないか、お前は、西郷隆盛という事は、西郷という事は、まあ、あの、西宮橋、あのこの、手洗いのね。それを同じような意味なんです。ね。いわゆる、合楽の御広前ということなんです。ね。隆盛ということは、隆盛と書く。ね。例えば、そういう事があっても、それが、合楽教会のゴヒレイの元になりゃいいじゃないかと。本人もそれで、いわば、花の吹雪という事は、散っていくということなんでしょう。散っても本望であろうから、もう、その事は願うなと神様が仰った。私、もう、憂鬱になってしまってから、あの、お縁のところへ休ませて頂いていましたら、丁度、夕食を頂いた。私、あそこで、お縁で昨日、夕食させてもらったら、丁度、泉水の向こうにあの、おー、明かりがついとりますよね。あの、あー、灯篭風の、おーあの、電気の、が、泉水の横に点いております。あれに、この、雨蛙が、ぱっとこう、とまっとるんですよ。家内が、あの、あー、お給仕に来ましたから、ちょいとお母さん見て見れ、あそこへ、あんな光にね、あの、あれが止まってると。ね。光に、いわば、私で言うならば、怖いものが止まってると。それが、丁度、私の心境なんです。私の心の中に光はある。けど、その光に、昨日から今日にかけて、何とはなしに不安な光がと、それに止まっているといったようなことなんですけどね。ね、それでも、まあだ、私は願い続けさせていただいとるわけなんですけれども、まあ、そうしてその、色々教えて下さるからこそ、その事に対して、非常に人が、ほけんごとしておる時でも、おー、ほけんごとしておられんような事が,やっぱ、あるんですがね。私は、あの、今日、おー、こりゃ、他の意味で有難いと思ったんですが、今日、私の、ババに当たります、父の母の、おー、実を言うたら、祥月命日。三十年の祥月命日に当たるんです。けども、ご承知のように、只今こうして、教会行事が、次々とあっておりますし、えー、今度は、どうしてもあの、親戚中、うー、呼んでからの、おー、それでなからな出来ませんので、一月、信行期間でもすんでからでもと、いう事を、私は、神様にお願いをしまして、まあ、一月延ばすことにしてある。ところがあの、椛目の田中が、どうでも、やっぱ一番、私と田中が、そのババの世話になっておりますから、祥月命日の今日に、せめてお茶でも沸かしたいという、その願いを、ここでお取次ぎ願いますから、そんならあんた、そら、そうしてくれんのと言うて、まあ、四時の御祈念にあわせて、えー、まあ、田中としては、つういっぱいのお供えでも、あれやらこれやらと、もう、ばあちゃんが死んだなら、私が、こげなつばお供えしてやるばのて、言いよったようなものを、集めてですね。あのー、今日は、御霊祭りじゃないけれども、おー、そういう、うー、まあ、お茶飲み的なですね。そのー、御霊様ごとをさせて頂いたんですけれども、本当にその、やむにやまれんというか、やっぱり一月は待てないといったような、その、田中のその、心というものが、お届けさせて頂きましたらね。あの、氷皿に、いっぱい、もうこれ以上はつがれまいという風に氷を、あの、赤い蜜を掛けてですね。こう、霊地蔵の前にお備えしとるとこを頂くんですよ。ですから、御霊様とて、それがその、ままになるというようなおかげではないけれども、その暑いとき、喉の渇くときに、一杯の氷水を頂くというぐらいな、あー、意味合いにおいては、御霊様がお喜びになったんだと、私は、進んで皆さんに話したんですけれどもね。んー、ところが、本当に、そういうその、おー、ことがね。なされるという事は、どういう次に神様のご都合があっておるか分からない、その、例えば、悪い運命でも、良い運命に切り替えるぐらいのことが出来るという事をですね。私は、この頃から感じるんです。なんとなくあの、丁度、あの、大祓いの、おー、ま、前々日でしたか、あのー、貞夫さん、本当にあの、ああいう、例えば、細々とした、いうならば生活させていただきながら、どうしてこんなことが出来るだろうかと思うくらいにですね。あの、大祓い式の時の、おー、祭典費のお供えをしておりました。そしてその明くる日が、あの、大難にあって、ま、大難は無難でおかげを受けたんですねえ。今日も、例えば、田中が、そして、そういうようにして、それこそやむにやまれんその、思いで、そのババに対する御霊様に、いー、様々なお供え物をさせて貰うて、それでも、玉串の一つも奉らせてもらおうという、その気持ちがですね。如何に、その次の働きになっておるかという事を、今、貞夫さんが今晩参ってきてから、先生おかげ頂いたち言うてから、お届けするんですよ。今朝、仕事中にあの、鉄工所へ勤めておりますから、鉄板がその、脚の上に落てかかってきたち言うんです。それを、もう、ほんなごて、足が切れるごたるところをおかげ頂いてから、まあ、チンガチンガして、あの包帯して、今あそこへきとりますが、その、まあ、このくらいなぶうな、まあ、少難のおかげを頂いておるんですよ。本当にもう、例えば、そこにもう、目の前に、例えば、もう願うなと仰るようなことが、例えば、よし、起こってきたおってもですね。あの氏子の、一生懸命の真心といったようなものが、そこに出されるとき、そこからこう、産むや、かやかわれる、そりゃ、この前の、おー、大祓い式の前日のこと、または、今日のことからでも、それを感じたんです。それで、私、昨日から、こうやって思わせてもらいよること、願わせて頂きよることが、もう、その事は願うなとは言われるけれども、本人が、少しでもそこに気付かせて貰うて、ね。何か、次の信心に、飛躍して下さったら、また、そこから、切り替えが出来ることである。私もまた、そういうふうな信心を持っておかげを頂こうと思わせて頂いたわけでございますけれどもね。本当にあの、信心させて頂くという事は、もう実にみんなが、気が、それこそ、信心して、えー、頂くおかげというのは、目に見えるおかげより、目に見えぬおかげのほうが多いと仰るが。目に見えないところに、どのくらいの神様のお働きを頂いておることかと。しかし、それが分からん。だから、場合には、横着でも言うとる事になるのです。それをほんなら、少し私が分かる私は、もう、あんな横着なことを言うて、目の前に起きてきておる事も分からずに、と、それは私は、ほんなら、それにおうて、結局は、それが、合楽のゴヒレイの基でもなるようなことじゃから、もうよかよかとは思われない。やはり、その事を願わずにはおられない、すがらにゃおられない。そういう時にです。やはり、えー、何にも分からんほうが、帰って安心という時もあるですね。まあ、今日、私が、色々感じてきた信心の事、えー、まあ、こもごもに、いー、どこが焦点と言う事でもなかったけれど、皆さんにお話を聞いて頂いて、いわば、信心のその、おかげのデリケートさ。また、神様のおかげの思いの深さといったようなものをね。今晩のお話の中から、あー、感じ取って頂きゃ有難いですね。どうぞ。